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山下康博 指揮官の決断の著者【講演CD:歴史にみる「逆境を乗り越える人間学」】

出版社 暦日会、パワーレクチャー

再生時間 01:13:08

添付資料 なし

販売開始日 2011/1/10

トラック数 3

購入音源の倍速版 なし(アプリでの倍速再生は可能です)

作品紹介

一流の講師による本音のトークが聴ける!テレビ、新聞などマスコミでは得られない知識を獲得し、先見性を養いましょう。


山下康博氏は歴史上の人物を研究し、リーダー論など題材に企業の講演・研修活動を繰り広げている。
この講演で山下氏は、明治初期の会津藩に身を置き、塗炭の苦しみを経て大正期の1919年には陸軍大将にまで上りつめた柴五郎の話を中心に逆境を乗り越える人間力や人材育成の重要性を論じた。
特に柴五郎は日清戦争を経て1900年(明治33年)に清国公使館附武官となるが、列強国に反発する清国の義和団が各国公使館を包囲し、列強8カ国は籠城を余儀なくされる。
その際の柴五郎のリーダーとしての見事な日本軍統率が英国など列強の評価につながる。
それがやがて日英同盟締結の端緒となり、日露戦争における日本軍勝利の遠因となったことを紹介し、逆境を乗り越えた人間の強靭さを浮き彫りにした。
会津藩は明治維新で薩長軍に敗れて会津の地を捨て青森県の下北半島に移封。
当時、幼年期の柴五郎は困窮に耐えて忍ぶが、薩長軍の侵攻に母や姉妹らは自害を余儀なくされる。
会津藩は昔から教育熱心で知られ、柴も藩校の日新館で学ぶ。
やがて上京した柴は勉学に励んだ後、陸軍士官学校に進み、1880年に卒業。
同期には日本騎馬隊を創設し、日露戦争で活躍した秋山好古もいたという。
その後、柴は清国義和団への対応で欧米列強の高い評価を得て、ロンドンタイムズは社説でその武勇を称え、1902年の日英同盟成立につながる。
山下氏は講演を通じて教育の大切さを説き「いま日本人は明治の人に学び、人材を育てる必要」を強調して結んだ。

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