殉死

あらすじ

　物語の舞台は、江戸時代、幕府によって家臣が主君の後を追って死ぬ「殉死」が厳しく禁じられた備後三次藩。

　藩主・浅野長治が世を去り、家臣たちは悲しみに沈みます。特に、生前深い寵愛を受けていた二人の若き家臣、八島主馬（やしま しゅめ）と福尾庄兵衛（ふくお しょうべえ）の動向に注目が集まります。本来ならば殉死を選ぶべき立場にある彼らが、禁令の下でいかなる道を選ぶのか。

　温厚な庄兵衛は、殉死の代わりに藩主の墓守りとして、厳しい自然の中で一生を捧げる覚悟を決めます。婚約者・小松（こまつ）との縁談も破棄し、ただひたすら墓前に座り続けるその姿は、多くの家臣から賞賛されます。
　一方、江戸詰めで才気煥発な主馬は、表向きは平然とし、藩主の死後も変わらず日々を送り、やがて新しい藩主の下で藩政の中枢を担う役職に抜擢されます。その態度は「薄情者」「主君の恩を忘れた」と周囲から非難を浴びることになります。
　対照的な二人の生き方。世間の賞賛と非難。庄兵衛を献身的に支える婚約者・小松の想い。そして、非難に耐えながら藩のために尽力する主馬の真意とは？
　物語の終盤、庄兵衛の口から明かされる意外な事実が、二人の行動の裏にあった深い絆と、武士としての異なる忠義の形を浮かび上がらせます。

「死」をもって示す忠義が許されない時代に、武士はいかに生き、いかに主君への想いを貫くのか。それぞれの覚悟と生き様を描いた、感動的な物語です。

登場人物一覧
八島 主馬（やしま かずま）
　江戸家老・八島主計の次男。故藩主・浅野長治の寵臣。江戸育ちで才気煥発、冷静沈着な性格。藩主逝去後、周囲の非難を受けながらも新藩主の下で藩政に尽力する。

福尾 庄兵衛（ふくお しょうべえ）　
国元家老・福尾庄左衛門の長男。故藩主・浅野長治の寵臣。温厚な性格で文雅に通じる。殉死が禁じられたため、藩主の墓守りとして一生を捧げる覚悟を決める。

小松（こまつ）
　家臣・葛木八郎左衛門の娘。庄兵衛の婚約者。庄兵衛から一方的に破約されるが、彼の覚悟を理解し、墓守りをする庄兵衛を陰ながら献身的に支え続ける。

福尾 勝之丞（ふくお かつのじょう）
　福尾庄兵衛の弟。兄の行動を尊敬する一方、兄とは対照的な主馬の態度に反発を覚える。

浅野 長治（あさの ながはる）
　備後三次藩の故藩主。因幡守。主馬と庄兵衛を深く寵愛していた。彼の逝去が物語の発端となる。

浅野 長吉（あさの ながよし）
　長治の養嗣子となり、三次藩の新藩主となった人物。式部少輔。主馬を抜擢し、藩政の刷新に取り組む。

久米 五郎兵衛（くめ ごろべえ）、富沢 右市郎（とみざわ ういちろう）など
　三次藩の家臣たち。藩主逝去後の藩内の動向や、主馬・庄兵衛への世間の見方を代弁する役割を担う。