女神ガンガー・ガートに響く祈り歌（世界の音風景シリーズ）

「女神ガンガー・ガートに響く祈り歌」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　１２分１７秒
インド・バラナシ。ヒンドゥー教の「大聖地」。
インド北部、ガンジス川の中流域に位置しかつては「ベナレス」と称された。ヒンドゥーの人々はガンジス川で沐浴をするのが最大の夢。年間１００万人を越える巡礼者が訪れ、ガンジス川西岸に階段になっている沐浴場のガートで身を清め寺院に参拝をするという。

夜明け前、手漕ぎ舟に乗って日の出を待った。太陽がゆっくり顔を覗かせると船頭が緩やかなガンガーの流れとともに鐘を鳴らしながら静かに舟を走らせた。すでに人々が続々と集まって沐浴を始めている。遠方で巡礼者の乗った小舟から歌（祈り）がスピーカーから流れてくる。水面に手が届く程の舟縁に腰を下ろして録音機を回した。まるで異世界に行くような不思議で少し恐ろしげな気持ちでもあった。
手のひらを揃え肩まで浸かって沐浴しているサドゥー（俗世間との縁を切り流浪の旅をしている修行者）の祈る言葉があちらこちらから歌となって飛び交っている。その光景は幻想的で神々しい。
サドゥーは頭から全身をガンガーの聖水で清め、ときに水面から顔を出しては天を仰ぎ、そして大きな声で何かを発し、その動作を繰り返す。ここヒンドゥー教の聖地「ガンガーで沐浴すると全ての罪が洗い流される」という言い伝えがある。殉教者の一人にどのような願い事をしたのかを問いかけた。殉教者は「古いサンスクリット語で内容はよくわからないが、しかし日の出の際に太陽に祈る大切な祈りだと聞かされている。これを口伝で覚えた」と云う。
小舟は幾つかのガートを過ぎて進んだ。
ガート上で突然、鐘を鳴らして合唱を始めた一団があった。周辺を歩いていた人々がその一団に吸い込まれるように加わっていってみるみるうちに膨れ上った。また、小さな集団が目にとまった。一人の若者が声を張り上げて音頭をとって歌い始めた。すると集団はそれを追いかけるように繰り返して歌っている。またかたやオルガンのような古楽器（ハールモーニヤム）が運ばれて来て、タブラーやお囃子が加わってリズムを取りながら歌い出した。なんと明るい旋律。ここガートでは祈る姿がさまざまにあって、私には衝撃な異世界に写った。
この後、シタール演奏の収録を約束していたガンジス川沿いに建つ日本人経営の「久美子の家」へと向かった。すでに久美子の家の２階に演奏者のメンバーとシタールやタブラーなどの楽器が持ち込まれていた。早速、楽器の位置を決めてマイクロフォンをセッテングして録音を開始した。エキゾチックな旋律が西洋音楽とも東洋音楽とも聴きとれる音色である。楽曲はやはり「ガンガーを祈る」朝夕の曲だ。
ヒマラヤを源流とし、悠久の時を流れる女神・ガンガー。その音風景は人々がガートで祈る言葉が音楽となって、神々しく幻想的な独特の異世界そのものだった。