チケット対象

硝子戸のうちそと

出版社 講談社

ナレーター鈴木佑梨

再生時間 08:18:43

添付資料 なし

出版日 2021/4/28

販売開始日 2022/5/16

トラック数 22

購入音源の倍速版 あり

作品紹介

夜中にふと目が覚めた。
そんなことはこの夜に限ったことではない。
若いころなら枕に頭をつけた途端に寝入って
朝まで目覚めないのが当り前のことだった。
今はそうはいかない。
何度寝返りを打っても睡れないときは睡れない。
そういう日は手洗いに行き、睡眠薬を服用してから寝床に戻る。
そうして何とか朝方まで寝入る。
目覚めた時間が六時、七時だと起きてしまう日もあれば、
それから九時、十時までぐっすり睡る日もある。
今夜は私一人である。
隣りで寝息をたてたり寝返りを打つ音がまるで聞こえてこない。
私は臆病だから私を取り巻く静寂な闇が、
私を抑えつけて胸を圧し潰したりしないか、とビクビクしている。
でもその夜は一人きりのわりには、不思議なほどこわくなかった。
もう老人だものなぁ。私がお化けになって
人に恐がられる日も間近いのかもしれない。
そんなことを考えた。
夫は今朝入院して、今はいないのである。
(中略)
夫が救急車で入院するのもおそらく珍しいことではなくなって、
その回数も増えていくであろう。
私がその都度うろたえないように、あわてないように、
と神様が私に練習の機会を今日は与えて下さったのであろうか。
八十七歳と八十二歳の夫婦には、
やがては無に帰する日が来るのであるが、
その日が来るまで長く生きていくのは、
それほど容易なことではない。
試練はまだこれからか。
とにかく年を取るということは、避けることができないだけに、
大変な大仕事なのである。
(「たった一人の夜」より)

年を重ねると同じものが別のように見え、
かぎりなく愛しくなってくる。
一族の歴史、近所のよしなしごと、仲間たち、
そして夫との別れ。漱石の孫である著者によるエッセイ集。

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