作品紹介
コンビニやスーパーでおなじみの、四角いチョコ。カラフルな包装紙に包まれたパッケージを見れば、今や誰もが「チロルチョコ」だと知っています。では、チロルチョコの販売する会社はどこだか知っていますか? 実は有名菓子メーカーではなく、チロルチョコ株式会社です。
驚くべきは、1個20円のチョコが主力商品にも関わらず、年商なんと100億円。駄菓子屋の子どもを相手に、九州でお菓子を製造販売していた家族経営の小さな会社が、いかにして日本中が知るブランドを育て、年商100億円にまでなったのか。その秘密を探ると、3つのカギが見つかりました。
1つは「三拡運動」。2つめは「一代一創業」。そして3つめは、チロルチョコをここまで率いた松尾利彦さんの「独特な経営感覚」です。松尾さんは言います。「世の中のほとんどの経営者には、経営力もないし、人を育てる力もない」そして自分自身もそうだと。だから経営は向いてない。人を育てるなんて、おこがましい。
「経営者の才能はない」と自覚する松尾利彦さんが、いかに会社を大きくし、チロルチョコというブランドを世の中に浸透させていったのか……。他になびかない経営思想のなかに、自由な成功の道が見えてきます。
【出演者情報】
松尾 利彦 / まつお としひこ
チロルチョコ株式会社 取締役会長
1952年 福岡県生まれ
1975年 慶應義塾大学法学部政治学科卒。その後、アメリカの大学に留学。
1977年 松尾製菓株式会社へ入社。
1991年 3代目代表取締役社長に就任。
2004年 松尾製菓の企画・販売部門を分社し、チロルチョコ株式会社を設立、代表取締役社長に就任。
2017年 4代目を松尾裕二社長に託し、会長となる。
【著書】
『TIROL IS ROCK! チロルチョコはロックだ!』幻冬舎
【社歴】
1903年 福岡県伊田村(現田川市)で松尾喜四郎が菓子製造を始める。
1962年 2代目松尾喜宣がチョコレート事業を起こし、チロルチョコが大ヒット。しかし主に駄菓子屋を販路としていたため、伸び悩む。3代目松尾利彦(現会長)は、コンビニ、スーパーの時代を予見し、「三拡運動」を推進。
2004年 全国展開をすべく、自ら東京に出て、チロルチョコ株式会社を設立。時代をとらえたアートなデザイン、ポップなCMなどでブランドを育て上げる。
2009年 売上100億円を達成する。
驚くべきは、1個20円のチョコが主力商品にも関わらず、年商なんと100億円。駄菓子屋の子どもを相手に、九州でお菓子を製造販売していた家族経営の小さな会社が、いかにして日本中が知るブランドを育て、年商100億円にまでなったのか。その秘密を探ると、3つのカギが見つかりました。
1つは「三拡運動」。2つめは「一代一創業」。そして3つめは、チロルチョコをここまで率いた松尾利彦さんの「独特な経営感覚」です。松尾さんは言います。「世の中のほとんどの経営者には、経営力もないし、人を育てる力もない」そして自分自身もそうだと。だから経営は向いてない。人を育てるなんて、おこがましい。
「経営者の才能はない」と自覚する松尾利彦さんが、いかに会社を大きくし、チロルチョコというブランドを世の中に浸透させていったのか……。他になびかない経営思想のなかに、自由な成功の道が見えてきます。
【出演者情報】
松尾 利彦 / まつお としひこ
チロルチョコ株式会社 取締役会長
1952年 福岡県生まれ
1975年 慶應義塾大学法学部政治学科卒。その後、アメリカの大学に留学。
1977年 松尾製菓株式会社へ入社。
1991年 3代目代表取締役社長に就任。
2004年 松尾製菓の企画・販売部門を分社し、チロルチョコ株式会社を設立、代表取締役社長に就任。
2017年 4代目を松尾裕二社長に託し、会長となる。
【著書】
『TIROL IS ROCK! チロルチョコはロックだ!』幻冬舎
【社歴】
1903年 福岡県伊田村(現田川市)で松尾喜四郎が菓子製造を始める。
1962年 2代目松尾喜宣がチョコレート事業を起こし、チロルチョコが大ヒット。しかし主に駄菓子屋を販路としていたため、伸び悩む。3代目松尾利彦(現会長)は、コンビニ、スーパーの時代を予見し、「三拡運動」を推進。
2004年 全国展開をすべく、自ら東京に出て、チロルチョコ株式会社を設立。時代をとらえたアートなデザイン、ポップなCMなどでブランドを育て上げる。
2009年 売上100億円を達成する。
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